【報告書分析】飯能市いじめ重大事態調査報告書 見過ごされたSOSと、初期対応の落とし穴――被害児童の立場から弁護士が解説
【この記事のポイント】
埼玉県飯能市が公表したいじめ重大事態の調査報告書は、いじめ対応の「どこで何がつまずくのか」を具体的に示す貴重な資料です。4年間にわたり無視や仲間外れを受けた児童がPTSDと診断され不登校となった事案について、第三者委員会は9件をいじめと認定し、長期欠席や心身の症状との因果関係を認めました。同時に、アンケートに書かれた小さなSOSが見過ごされたこと、対策委員会が開かれないまま拙速な対応がなされたことを問題視しています。本記事では、この報告書から被害児童生徒と家族が学べる点を、被害児童の立場から解説します。

1. 公表された報告書は、何を明らかにしたか

1. 公表された報告書は、何を明らかにしたか

埼玉県飯能市教育委員会は、令和8年6月22日、市立小学校で起きたいじめ重大事態に関する調査報告書(公表版)を市のホームページで公表しました。報告書によれば、対象児童は4年間にわたり、計5人の同級生から仲間外れにされる、無視される、にらまれるといったいじめを受けたと訴え、強い不安感、フラッシュバック、不眠、自傷行為、腹痛の症状が認められ、不安障害・PTSDの診断を受けています。

調査は、飯能市いじめ問題専門委員会条例に基づき、大学教授や弁護士など7人の委員で構成される専門委員会が実施しました。アンケート調査と関係者(児童・保護者・学校職員)への聴き取りを行い、全9回の会議を経て報告書がまとめられています。対象児童から聴き取った12項目を調査事項とし、そのうち9つの事項をいじめと認定しました。

報告書が認定した重要な点
・12項目のうち9つをいじめと認定した。
・いじめと長期欠席・心身の症状との「因果関係」を認めた。
・アンケートの小さなSOSが見過ごされ、学校内で共有されていなかった。
・いじめ防止対策委員会が開かれないまま、拙速な対応がなされた。

2. 「一つ一つ」ではなく「全体」で捉えた因果関係

2. 「一つ一つ」ではなく「全体」で捉えた因果関係

この報告書で法的にも重要なのが、因果関係の捉え方です。無視や仲間外れといった行為は、一つひとつを取り出すと「たいしたことではない」と評価されがちで、被害との因果関係が争われやすい類型です。

しかし報告書は、対象児童の主観では関係児童が次第に増えていくように感じられ、一つ一つの出来事が別々に影響したというよりは、長期間にわたる出来事全体が心身に次第に大きな影響を与えるようになったと理解すべきであるとし、そうした理解に立てば、いじめと長期の欠席や心身の症状との因果関係は認められる、と判断しました。

この視点は、被害を受けた子どもと家族にとって非常に大きな意味を持ちます。「その日その日は些細なことだったのでは」という反論に対し、被害は積み重なって全体として作用するのだ、という捉え方を第三者委員会が明確に示したからです。長期間にわたる継続的ないじめの被害を主張する際の、重要な考え方といえます。

3. 見過ごされた「小さなSOS」

3. 見過ごされた「小さなSOS」

報告書が指摘する第一の問題点は、アンケートの扱いです。担任らはいずれも、保護者から連絡を受けるまでいじめに関する情報を把握していませんでした。しかしそれ以前に実施されていた早期発見のためのアンケートで、対象児童は「なにか困ったこと、つらいと思うこと、心配なことはありますか」という設問に対し、「ない」という選択肢に斜線を引くという、目立ちにくい形で悩みがあることを記していたのです。

担任はこれを特に問題であるとは考えず、話を聞くなどの対応をとりませんでした。報告書は、担任が問題視しなかった場合には、児童がいじめのサインを発していても学校職員間で共有されない状態であったことを、問題点の一つとして指摘しています。子どもが発するSOSは、必ずしも明確な言葉の形をとりません。斜線一本にこめられた訴えを受け止める感度と、それを組織で共有する仕組みが問われた場面です。

【重要】アンケートの「気になる記載」は組織で共有すべき
報告書は再発防止策として、いじめに特化したアンケート項目を設けること、そして学校職員に対して、いじめアンケートの目的や、気になる記載があった際の対応について周知徹底を図る必要があると提言しています。一人の教員の判断で「問題なし」とされ、共有されない体制こそが、見過ごしを生みます。

4. 「その日のうちに、いじめは確認できなかった」

4. 「その日のうちに、いじめは確認できなかった」

報告書がもう一つ厳しく指摘したのが、訴えを受けた後の初期対応です。保護者から学校にいじめの訴えがあった当日、学校は関係児童への確認を行い、校長の指示により、同日中に担任が対象児童宅に電話し、いじめの事実を確認できなかったことを報告しました。

この学校のいじめ防止基本方針では、いじめ事案発生時には「いじめ防止対策委員会」を24時間以内に緊急開催することが定められていました。ところが本事案では対策委員会は開催されず、管理職を含めてこの規定が認知されていなかった様子がうかがえる、と報告書は述べています。

そして報告書は、本事案を学校が把握した時点では重大事態に該当することが明白であったとは言い難いとしつつ、逆に重大事態ではないことが明らかであるとも判断できない状況であり、その場合は重大事態である可能性を踏まえた対応が求められると指摘します。さらに、いじめがなかったと学校等が判断したと受け取られることがないよう慎重に対応する必要があるのに、その点に留意して対応方針を検討した形跡は認められない、としました。

結論として報告書は、いじめ防止対策委員会が開催されず、十分な協議を経ずに拙速な対応を行ったことが、対象児童及びその保護者の不信感を増大させたことは、その後の経過から確認できる、と明言しています。

5. 「校長中心」の対応が生んだ死角

5. 「校長中心」の対応が生んだ死角

報告書は、組織の在り方にも踏み込んでいます。対応を協議する体制が構築されない中、比較的早い段階から学校の対応が校長中心に行われるようになったことについて、窓口の一本化やリーダーシップの発揮というメリットを認めつつ、次のように指摘しました。すなわち、トップの判断に対して周囲が意見しにくくなり、様々な視点から適切な対応を検討することが難しくなる、というのです。

いじめ防止対策委員会を開催するという規定は、まさに様々な視点から対応を検討することを目的としているのに、その規定自体が学校職員間で広く認識されておらず、制度の趣旨も十分に理解されていたとは言い難い状況が認められる、と報告書は述べています。背景として、担任の病休の影響で教務主任が担任となり、教頭も授業を担当するなどして、教頭や教務主任が本来の役割を果たせない状態にあったことも確認されました。組織の疲弊が、チェック機能の不全につながっていた構図です。

6. 報告書が示した再発防止の提言

6. 報告書が示した再発防止の提言

報告書は、本事案への対処として、いじめと認定された出来事に関与した関係児童に対し、対象児童が深刻な心理的苦痛を受けて長期間の不登校に陥り、勉学にも遅れが生じていることをしっかり受け止めさせる指導を行うことが望ましいとしました。そして、対象児童及び保護者が関係児童からの謝罪を希望していることを踏まえ、学校は関係児童に対して謝罪を提案するなどの対応を取ることが望まれる、としています。

そのうえで報告書は、対象児童の安全を学校・教育委員会が担保し、問題が生じた場合のサポート体制を整備したうえで対応を行うこと、学校が具体的にどのような形で解決を図るかを検討し、対象児童側の了承を得ながら丁寧に準備を進めることが重要だと述べています。被害児童側の同意を得ながら進めるという姿勢が明示されている点は、重要です。

提言の対象主な内容
学校いじめに特化したアンケート項目の設定、相談窓口の明確化と周知、気になる記載への対応の徹底、初期対応での委員会開催体制の確立、基本方針の周知と実行可能性の見直し
教育委員会各校の研修・アンケートの実施状況の点検、初期対応のマニュアル整備、県教委等との連携、被害児童・保護者への説明内容の事前整理
本事案への対処関係児童への指導、謝罪の提案、対象児童の安全確保とサポート体制の整備、対象児童側の了承を得ながらの準備

報告書はまた、飯能市教育委員会にはこれまでいじめ重大事態に対応した経験がなかったことに触れ、ガイドラインに記載されているように、早期に県教育委員会等との連携体制を構築し、調査経験のある者等の指導・助言を受けることで、より適切な対応をとることも可能であったと考えられる、と述べています。経験の乏しさを補う仕組みの重要性を示す指摘です。

7. 報告書から、被害者側が学べること

7. 報告書から、被害者側が学べること
  • 無視・仲間外れは、一つひとつではなく「全体として」被害をもたらすものと捉えられ得る。
  • アンケートに残した小さな記載も、後に重要な証拠・手がかりになる。
  • 訴えた当日に「確認できなかった」と結論づける対応は、拙速として問題視され得る。
  • 学校の基本方針(対策委員会の開催期限など)が守られたかは、対応の当否を測る物差しになる。
  • 報告書は公表されることがあり、他の事案でも参考資料として活用できる。

報告書は最後に、いじめの問題に限らず、学校現場が多忙であるほど何か問題が生じた際には大事にはしたくないという気持ちが働きがちであり、このことが問題を過小評価したり対応を誤らせたりする要因になると考えられる、と述べています。構造的な問題への率直な言及であり、だからこそ、被害を受けた側が声を上げ、記録を残していくことの意味は大きいといえます。

8. まとめ――報告書は「次」を変えるための資料

8. まとめ――報告書は「次」を変えるための資料

いじめ重大事態の調査報告書は、その事案の被害者のためだけのものではありません。公表された報告書は、他の学校・他の家庭にとっても、どこで何がつまずくのかを教えてくれる貴重な資料です。飯能市の報告書は、見過ごされた小さなSOS、開かれなかった対策委員会、拙速な「確認できませんでした」という一報が、どのように不信を生み、事態を長期化させたのかを、率直に描き出しています。お子さんの学校の対応に疑問を感じたとき、こうした報告書の指摘を手がかりに、何が問題なのかを整理してみてください。判断に迷うときは、どうか一人で抱え込まず、専門家にご相談ください。

グリーンリーフ法律事務所からのメッセージ
私たちは、開所以来35年以上、いじめ問題にお悩みの方に一貫して寄り添って参りました。お子さんやご家族が安心できる日常を取り戻していただくために、法的な専門知識と経験を活かして全面的にサポートいたします。あなたの未来への不安を解消し、前を向くきっかけ作りをお手伝いさせてください。お客様満足度は92.9%となっており、多くのお客様にご満足いただいております。私たちの持てる知識と経験を活かして、みなさまの明日が少しでも明るいものになるように親身に寄り添い、真剣に対応させていただきます。まずはグリーンリーフ法律事務所にご相談ください。

【出典・参照条文】

・飯能市教育委員会「いじめ重大事態に関する調査報告書(公表版)」令和8年6月22日(https://www.city.hanno.lg.jp/material/files/group/47/ijimejyudaijitai.pdf
・朝日新聞デジタル(飯能市立小学校のいじめ重大事態調査報告書の公表に関する報道)(参照:https://www.asahi.com/articles/ASV6Q2W0LV6QUTNB004M.html
・いじめ防止対策推進法第2条・第28条/文部科学省「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」(令和6年8月改訂)/「いじめの防止等のための基本的な方針」(平成29年3月14日改訂)
・(注)本記事は自傷・PTSD等の繊細なテーマに触れています。つらい気持ちを抱えている場合は、24時間子供SOSダイヤル(0120-0-78310)などの相談窓口や専門の医療機関にご相談ください。
掲載サイト:https://www.g-ijime.com/

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この記事を書いた弁護士:弁護士 時田 剛志

学校・いじめ

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所所属、埼玉弁護士会所属の弁護士。
埼玉弁護士会子どもの権利委員会委員長(令和7年〜)、北本市いじめ問題調査委員会委員長、埼玉県教育委員会学校いじめ問題外部専門員、以前はさいたま市、現在は新座市や蕨市のスクールロイヤーを務め、学校や教育委員会の事情にも精通する。自死・不登校のいじめ重大事態調査委員会の委員長経験も豊富で、共著「学校のいじめ対策と弁護士の実務」(青林書院)の執筆者でもあり、いじめ予防授業・学校向け講演の実績多数。力強い交渉と柔軟な解決策を武器にしており、広くいじめ・学校問題の対応に精通する。