【裁判例分析】吹田訴訟 いじめ調査アンケートの「説明義務」と、事実関係の「提供義務」――被害児童の立場から弁護士が解説
【この記事のポイント】
小学校でいじめを受けて不登校になった児童と両親が、市に損害賠償を求めた「吹田訴訟」で、大阪地裁は令和6年5月16日、市に50万円の賠償を命じました。裁判所は、学校がいじめの調査アンケートを実施する際、被害児童側に説明や意向確認をせず、調査対象の他児童・保護者に「回答結果を被害者側に提供する場合があること」を説明しないまま実施したことを違法と認め、さらに、把握した事実関係を被害児童側に提供しなかったことも違法と判断しました。本記事では、この判決の意義を、いじめ防止対策推進法と国の指針に沿って被害児童の立場から解説します。

1. 事案の概要

1. 事案の概要

この事案は、小学6年生の児童が、休み時間のドッジボールで仲間外れにされるなどのいじめを受け、平成30年10月から不登校になったというものです。児童の欠席をめぐっては、学級内で「受験勉強で休んでいるのではないか」「さぼりだ」といったうわさが広がり、児童は、そのうわさを誰が言い出したのか分からないことに不安と不信を募らせ、登校を再開した後も教室に復帰できないまま卒業に至りました。児童はPTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断されています。

児童と両親は、市(学校の設置者)に対し、不登校防止義務違反や不登校解消義務違反があったなどと主張して、国家賠償法1条1項に基づき損害賠償を求めました。大阪地方裁判所は、令和6年5月16日、児童の請求を50万円の限度で認め、その余の請求と両親の請求を退けました。

この判決のポイント
調査アンケートの実施にあたり、被害児童側への説明
意向確認を欠いたことを違法と認定。
他の児童・保護者に『結果を被害者側に提供する場合がある』と事前説明しなかったことを問題視。
把握した事実関係を被害児童側に提供しなかったことも違法と判断。

2. 裁判所の基本的な枠組み――基本方針等と国家賠償法

2. 裁判所の基本的な枠組み――基本方針等と国家賠償法

この判決を読み解くうえで、まず押さえておきたいのが、裁判所が示した基本的な考え方です。裁判所は、国のいじめ防止基本方針やガイドライン、生徒指導提要などは、それ自体が直ちに法規範(守らなければ違法になる基準)となるものではない、としました。つまり、これらの方針に反する行為があったからといって、そのことだけで国家賠償法上ただちに違法になるわけではない、という整理です。

他方で裁判所は、いじめ防止対策推進法のうち責務や努力義務ではない法的義務を定める規定は、学校の設置者が負う安全配慮義務の具体的な内容を形づくる根拠として参照できるとしました。そして、個々の場面でどのような措置をとるべきかには教職員の専門的な判断(裁量)が働くため、その裁量の逸脱・濫用があった場合に違法となる、と判断の枠組みを示しました。この裁量の逸脱・濫用を判断する際に、基本方針やガイドラインが参考になる、としたのです。

この枠組みは、いじめ訴訟を理解するうえで非常に重要です。国の方針・ガイドラインは「破れば即違法」という性質のものではありませんが、学校の対応が安全配慮義務に照らして適切だったか、裁量を逸脱・濫用していないかを判断する際の、重要な物差しになるということです。

3. 裁判所が「違法」と認めた点

3. 裁判所が「違法」と認めた点

◆ ① 調査アンケートの説明・意向確認を欠いたこと

学校は、児童の不登校について重大事態としての調査を進める中で、学級の児童を対象にアンケートを実施しました。ところが、その際、被害児童側に対して、アンケートを実施すること自体を説明せず、調査を求める事項の聴き取りも、調査方法についての要望の聴取も行いませんでした。裁判所は、これらを行わないままアンケートを実施したことを、国家賠償法上違法な行為であり、担当した教職員に過失もあると認めました。

◆ ② 他の児童・保護者への事前説明を欠いたこと

さらに裁判所は、調査対象となる他の児童及びその保護者に対して、あらかじめ「アンケートによる調査の結果を被害児童側に提供する場合があること」を説明しないままアンケートを実施したことも、違法と判断しました。この事前説明を欠いたことが、結果として、アンケートで判明した事実関係を被害児童側に提供できない一因になった、という構造が問題視されたのです。

この点は、国の指針とも整合します。国の基本方針や背景調査の指針は、調査で行うアンケートについて、その結果が被害児童生徒や保護者に提供される場合があることをあらかじめ念頭に置き、調査に先立って調査対象の在校生や保護者にその旨を説明し、同意を得ておく等の措置が必要であるとしています。学校が事前説明を怠ると、後で「同意がないから開示できない」という事態を自ら招いてしまうのです。

【重要】「調査の入口」の手続が、被害者の知る権利を左右する
アンケートを実施する前に、被害児童側への説明・意向確認と、調査対象者への『結果提供の可能性』の事前説明をしておくこと。この入口の手続を怠ると、せっかく事実関係が判明しても、被害児童側に提供できないという結果を招きかねません。

4. もう一つの違法――事実関係を提供しなかったこと

4. もう一つの違法――事実関係を提供しなかったこと

裁判所は、学校が把握していた事実関係を被害児童側に提供しなかったことも、違法と認めました。いじめ防止対策推進法第28条第2項は、学校の設置者・学校が重大事態の調査を行ったときは、いじめを受けた児童生徒及びその保護者に対し、当該調査に係る重大事態の事実関係等その他必要な情報を適切に提供する義務があると定めています。

この事案では、学校はアンケートの結果、複数の児童が「受験勉強で休んでいる」旨の発言をしていたことを把握していました。被害児童側は、そのうわさを誰が言い出したのかを知りたいと繰り返し要望していました。それにもかかわらず、学校は、把握していた情報を合理的な期間内に提供せず、さらに、実際には把握していたのに「経路はすべて分からない」という趣旨の、客観的には事実と異なる回答をした時期もありました。裁判所は、これらの対応を、提供義務に違反し、裁量を逸脱・濫用したものとして違法と評価しました。

5. 認められた損害と、両親の請求

5. 認められた損害と、両親の請求

裁判所は、こうした違法な対応がなければ、被害児童は(全面的にではないにせよ)教室に復帰できたはずであるとして、児童の学習権(教育を受ける権利)が侵害されたと認めました。そのうえで、被害児童が受けた不利益の大きさや、違法行為がいじめ防止法の趣旨に反するものであったことなどを考慮し、慰謝料の額を50万円と認めました。もっとも、違法行為と相当因果関係のある教室復帰が可能であった期間は1か月程度にとどまるとされ、この点が金額に影響しています。

他方、両親自身の慰謝料請求は認められませんでした。裁判所は、侵害されたのが子どもの学習権であることから、民法711条(生命侵害の場合の近親者の慰謝料)の趣旨に照らし、両親固有の慰謝料は独立には発生しないと判断しました。わが子の苦しみに寄り添い奔走した親の苦痛は計り知れないものですが、法律上の損害賠償の枠組みでは、こうした限界があることも示された事案です。

6. この判決から学べること

6. この判決から学べること
  • いじめ調査のアンケートは、実施前に被害児童側への説明・意向確認を行うべきであり、これを欠くと違法と評価され得る。
  • 調査対象者に『結果を被害者側に提供する場合がある』と事前に説明しておくことが、後の情報提供を可能にする鍵になる。
  • 学校が把握した事実関係を被害児童側に提供しないことは、法第28条第2項の義務違反として違法になり得る。
  • 被害児童側は、調査の入口から結果の提供まで、手続が適正に行われているかを確認し、記録を残しておくことが重要。

なお、この訴訟は控訴審(大阪高等裁判所 令和6年12月13日)を経て、上告審(最高裁判所 令和7年)へと続いたことが記録に残されています。裁判所の判断は審級によって変わり得るものであり、確定した内容や射程については、最新の情報を確認する必要があります。

7. まとめ――「調べ方」と「伝え方」が問われる時代

7. まとめ――「調べ方」と「伝え方」が問われる時代

この吹田訴訟が示したのは、いじめの調査は「何を調べたか」だけでなく、「どう調べ、どう伝えたか」という手続の適正さそのものが、法的な責任に直結するということです。被害を受けた子どもと家族には、調査の内容を知る正当な権利があります。学校の調査の進め方や情報提供に疑問を感じたとき、その対応が本当に適切なのか、一度専門家に確認してみてください。被害児童の「知る権利」を実現するために、私たちがお手伝いします。

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所からのメッセージ
私たちは、開所以来35年以上、いじめ問題にお悩みの方に一貫して寄り添って参りました。お子さんやご家族が安心できる日常を取り戻していただくために、法的な専門知識と経験を活かして全面的にサポートいたします。あなたの未来への不安を解消し、前を向くきっかけ作りをお手伝いさせてください。お客様満足度は92.9%となっており、多くのお客様にご満足いただいております。私たちの持てる知識と経験を活かして、みなさまの明日が少しでも明るいものになるように親身に寄り添い、真剣に対応させていただきます。まずは弁護士法人グリーンリーフ法律事務所にご相談ください。

【出典・参照条文】

  • 大阪地方裁判所 令和6年5月16日判決(令和3年(ワ)第9132号 損害賠償請求事件)/控訴審:大阪高等裁判所 令和6年12月13日/上告審:最高裁判所第二小法廷 令和7年(受)第669号
  • いじめ防止対策推進法第28条第2項/文部科学省「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」(令和6年8月改訂)第7章・第8章・第9章/文部科学省「いじめの防止等のための基本的な方針」(平成29年3月14日改訂)第2の4/「児童生徒の自殺が起きたときの背景調査の指針」(令和7年12月改訂)
  • (注)本記事は判決の要旨を一般向けに解説したものです。個別事案の判断は事情により異なります。PTSD等でお悩みの場合は、24時間子供SOSダイヤル(0120-0-78310)等の相談窓口や専門の医療機関にご相談ください。
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この記事を書いた弁護士:弁護士 時田 剛志

学校・いじめ

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所所属、埼玉弁護士会所属の弁護士。
埼玉弁護士会子どもの権利委員会委員長(令和7年〜)、北本市いじめ問題調査委員会委員長、埼玉県教育委員会学校いじめ問題外部専門員、以前はさいたま市、現在は新座市や蕨市のスクールロイヤーを務め、学校や教育委員会の事情にも精通する。自死・不登校のいじめ重大事態調査委員会の委員長経験も豊富で、共著「学校のいじめ対策と弁護士の実務」(青林書院)の執筆者でもあり、いじめ予防授業・学校向け講演の実績多数。力強い交渉と柔軟な解決策を武器にしており、広くいじめ・学校問題の対応に精通する。